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僕らわたしらの音楽発表会
音楽は空気の読み合い。 2月最後の日。 三重県初上陸。 会場は伊勢市生涯学習センター、通称いせトピア。 ここで精華学院と母子支援施設サラナの子ども達による「僕らわたしらの音楽発表会」が行われた。 子ども達のリハーサルを拝見させて頂いた。 こういった催し物で一般的に多いのがベルだったり、和太鼓、よさこい踊り、歌なのだが、この施設はちょっと違う。 ![]() ![]() フルートとクラシックギター。 職員の方にお話を伺う。 「僕が生まれる前から行われてる伝統行事で、地域のクラシックギター講師が教えにきてくれるんです。 子ども達には音楽を通じて、人と合わせる事、空気を読む事を学んで欲しいです」 音楽は確かに独りよがりではどうにもならない。 皆と息を合わせ、一体となる事で一つの音となる。 人のあり方もそうだろう。 お互いが相手に合わせる事によってバランスのとれた人間関係を築くことができる。 もう一つの狙いとしては、目標と達成、失敗と成功を得られる事。 少しずつの積み重ねが、一人一人のチカラを育んでいくのだと思う。 そしてなんと、お話しさせて頂いた職員の方も児童養護施設出身の方だった。 当事者の立場から子ども達を温かく見守るその目がとても眩しかった。 会場には一般のお客様に加え、子ども達のお母さんが多くいらっしゃった。 親だけでなく地域の方達一体で子どもと、そして親のフォローをしてもらえたら嬉しい。 今年卒業する男の中に、お土産で有名な「赤福」に就職する男の子が居た。 きっと社会で生活するのは容易ではないだろう。 大手の会社ならなおさら。 だからこそ、できるだけ長く続けられるように頑張って欲しい。 小さな応援かもしれないが、帰りのパーキングエリアで「赤福」を買った。 ![]() 彼の喜ぶ顔を思い浮かべながら・・・ 最後にみんなで記念撮影。 ![]() 今度はみんなのお家へ歌いに行くからね! 片瀬学園訪問
毎年11月3日にオファーのある児童養護施設。 しかし、毎年岐阜の児童養護施設に行っているVOXRAY。 熱烈に呼んで下さる片瀬学院に行きたいと常々思っていた。 そしたら、日向ぼっこ経由で講演の依頼を頂いた。 今回はVOXRAYでなく、渡井隆行個人として行ってきた。 藤沢から江の電に乗り換え、初めて降りた湘南海岸駅。 100周年の江の電を拝見出来た事と、神奈川にも無人の駅があるんだなぁとしみじみ。 中高生達との懇談会に参加。 当事者としての生い立ちや経験をざっくばらんにお話しさせてもらった。 毎回こういう会に参加させてもらって思う事は、「思春期である中高生が会に参加する事自体素晴らしい」と思う。 私なら間違いなく遊びほうけて参加しなかっただろう。 中高生達と一緒にお弁当を食べながら、なんとなく懇談会が始まった。 生い立ちを話し、社会に出てからの経験を淡々とお話しさせて頂いた。 ・社会にでたときに身分を証明するものがなかった ・社会は思った以上に冷たい。だからこそ施設に居るうちにたくさんの失敗をして、経験していった方が良い。 ・お金は大事だけれど、お金が原因で人を信用出来なくなることもある。 ・HELPを出せる相手を見つけておく。 ・一般の家庭で巣立つ人も一人暮らしは初めてだから、比べる必要はない。 ・施設は自分の家なのだから、もっともっと職員に話しをしていい。職員も無下に断らず、一度は受け止めて、しっかりと考えて欲しい。 等をお話しさせて頂いた。 最後に日向ぼっこの歌を披露させてもらい、会は終了した。 会終了後に、一人の女の子から涙ながらに相談を受けた。 しっかり受け止め、私の考えられる範囲でお答えした。 児童相談所も職員の皆さんも、もっともっと彼女の深い悩みを聴いてあげて欲しい。 そして一度決まった事が絶対ではなく、彼女の最善を再考するのも大事なのではないだろうか。 その後は一緒にギターを弾いたり、物真似ごっこをしたりとたわいもない時間を皆と過ごした。 帰り際に中三の女の子が 「不満や不安な事、悩みを初対面の人にいきなりは話せない」と率直に言ってくれた。 私もそう思う。 この会の意味、職員のあり方を考えさせられる一言だった。 最後にそういう不満を言ってくれた事が私には本当に嬉しかった。 私には不満や相談はできないかもしれない。 けれど、私の体験を聴いてもらって己の糧にしてもらえることと、不満や相談が誰かに言えるようになる事が私の行った意味だったんだと思う。 永寿総合病院学術講演会
鶴の恩返しは究極のマゾヒズム。 私の息子が生まれた病院には虐待防止委員会(CAPS)と言うグループが組まれている。 偶然お世話になった小児科の先生がこのCAPSに所属していたことで、素晴らしい講演にお招き頂くことが出来た。 講演のテーマは 「虐待の予防と危機介入」 今回、この講演の講師をして下さるのが、慶応義塾大学小児科学教室講師 渡辺久子先生だ。 現在慶應病院小児科で思春期やせ症、被虐待児、人工授精で生まれた子ども、自閉症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など、工業化社会の複雑な葛藤に生きる子どもたちを治療的に支援している。 平成20年8月1〜5日にパシフィコ横浜でアジア初の世界乳幼児精神保健学会第11回世界大会を開催し、日本組織委員会の会長を務める。 (Wikipedia 参照) パッと見、綾戸智絵さんのような容姿とお話し方でグッと渡辺先生の世界に引き込まれていった。 まずお話しされたのが関係性障害。 お母さんと赤ん坊の関係についてである。 「赤ん坊は母の一部」 「赤ん坊は母を見つめる時に二つのものを見ている。それは母の瞳と自分を見つめる母。」 どういう事かと言うと、母の瞳が暗く沈む時は赤ん坊も暗く沈み緊張する。 すると母も緊張し、育児不安や自身のなさが湧きおこり悪循環に陥る。 この親子の不定的な響き合いが虐待の発声素地となる。 コミュニケーション的音楽性とシンリズミア 生まれて間もない新生児は親の抑揚のある、表情豊かな話しかけに目を輝かせる。 この親密で幸せな親子のコミュニケーションには脈動(pulse)、質(quality)、物語(narrative)の音楽的要素が存在し、音楽的なやりとりであるためコミュニケーション的音楽性と呼ばれ、そして共に生きてくれる親しみやすくホッと出来る人が愛情を育む事をシンリズミアと呼ぶ。 このシンリズミアと対極なのが否定され無視され傷つけられる事。つまりネグレクトや虐待である。 産後鬱病と愛着障害 産後鬱病は産後の母の10人中1.3人に発症している。 産後鬱病の母親の表情は乏しく声は低くコミュニケーション的音楽性は認められない。 敏感な乳児は暗い母を嫌い、視線を避け心を閉ざす。静かになったり、逆に泣きわめき続けたりする。すると母親もきつく乳児を詰問し、悪循環に陥る。 そうすることで乳児はキレやすく、落ち込みやすく、衝動統制力と内省力の乏しい不信感の強い人格に発達し、これが将来の精神障害のハイリスクとなる事が実証されている。 虐待の宣告とミクロレベルでの虐待予防 虐待は一瞬一瞬の親子の一対一のミクロのレベルの関係性障害が悪循環に陥る中か生じる。 虐待の予防には、母子を温かく見守る他社の存在が必要である。 講演の中で一つのDVDが流れた。 泣き止まない子に悩む母の姿が映し出された。 一見普通の母なのだが、泣き止まない子どもを診察台の上に投げつけこういった。 「こうやると泣き止むんです」と。 渡辺先生は泣き続ける子どもを抱きながら、母の話しをしっかり聴いた。 そしてこの母は両親が学生の頃に亡くなった事、わが子の早産にも我慢強く対応し続けたが、泣き止まないわが子を障害児かと恐れていた事を打ち明けた。 その時に「あなたはそれにも関わらず良く生き延びて母親になれた」と心から褒めると、思わずホッとした表情になった。 敏感な子どもは母の安堵を察してか泣かなくなった。 先生がとある子どもに質問した事を語り始めた。 一番望むもの聴いた時に子どもはこう応えた。 「パパとママが仲良くする事。仲が悪かったらどんなおもちゃを貰っても楽しくない」 どんなに素晴らしいおもちゃがでても、両親仲に勝るものはないのだ。 すると、先生は鶴の恩返しの話ししてくれた。 鶴は助けてくれた男に絶対に部屋の中を見ないでと言いながら我が身を犠牲に機を織る。 それを守れずに男は部屋の中を見てしまい、鶴はお礼を言って飛び立ってしまう。 普通の受け取り方としては「良い事をすると良い事が返ってきますよ」となるだろう。 しかし渡辺先生がおっしゃるには 自分の身を削って恩を返してどうする! しかも貢いで貢いで貢ぎ終えたらいなくなるなんて信じられない。 こんなことをするのはただのマゾヒズム。 男も鶴が身を削っていたら、「そんなことをする必要はないんだよ」と止めてあげるのが普通。 それと「見ないで」は「見て」の裏返し。 自分が耐え苦しんでいる姿を本当は助けてもらいたいと思っているのだそうだ。 男性はそれを見抜き、助けてあげる事で男女仲は良好を保つことができる。 鶴の恩返しも男女に例えてみて見ると実に滑稽な関係である。 帰り際に渡辺先生に声をかけて頂いた。 「よく立派に生きてきたわね!あなた達なら大丈夫!!」 と豪快に褒められた。 私は妻にバレないようにこっそり涙を拭った。 またしても・・・
冷凍の乳児2遺体 愛知のスーパー 毎日新聞 20日午後9時10分ごろ愛知県岡崎市戸崎元町の「業務スーパー岡崎店」の正面入り口南側の店外で、カートを整理していた男性店員(19)が、放置してあったカート内の買い物かごの中の紙袋に不審なものが入っているのを見つけ、店長(30)を通して県警岡崎署に通報した。同署が調べたところ、乳児2体が見つかり、死体遺棄事件として調べている。 同署によると、遺体はいずれも身長約30センチで衣服はつけていなかった。冷凍された状態で、性別は不明。外見からは外傷は見つからなかった。 2遺体は1体ずつビニール袋に包まれ、さらに別々の紙袋に入れられたうえ、店の買い物かごに入れられてカートの上部に置かれていた。同署は今後、解剖し、死因などを調べる。 発見現場近くには屋根付きのカート置き場があったが、遺体の見つかったカートは他の数台とともに置き場近くに放置してあった。当時、店は営業中だったが、混乱はなかったという。現場はJR岡崎駅の北約1キロの、店や住宅街が混在する地域。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 30cmの乳児ってどれだけの未熟児。 通常だと妊娠6ヶ月ぐらいの身長。 双子の早産だったと考える事しか出来ない。 その子ども達をわざわざ冷凍してスーパーに捨てる意味は? 普通に病院に連絡して「早産してしまった」って言えば良かったのに!! なんで隠すようで見せびらかすような事をしてしまったのか。 不思議な事件ではあるが、残酷な虐待に他ならない。 早急に二人を捨ててしまった母親が名乗り出てくれる事を願う。 1 >>
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