たいようのたね
子ども達は太陽のように笑って欲しい
そして向日葵のように天を仰ぎ続けて欲しい
子ども達の夢が少しでも叶うように
希望の光が芽生えるように

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生い立ち1
今更ながら自己紹介として生い立ちを母から聴いた事と思い出せる範囲で語ろうと思う。
少し長いがご了承願いたい。

静岡県富士市で私は誕生した。
親戚の家で大切に育てられたようだ。
母はこの時まだ未成年。
父親の記憶は無く、唯一覚えてるのが室内のジャングルジムで遊ぶ姿だ。
しかし先日観たテレビで脳は産まれてから3歳までの記憶を忘れてしまうと言うので、私の勝手な妄想なのかもしれない。
写真では保育園に行っている姿も残っていた。

3〜4歳の頃、私は池袋に住んでいた。
高速道路の直ぐ脇にあるマンションの2階だか3階だかに住んでいた。
ワンルームだったと記憶している。
こたつに入ってテレビばかり観ていた。
いつも母はいなく、早朝に帰ってきた。
そんな私は早朝には起き、いつも近所の野良猫と戯れていた。
寒いときは車の排気ガスに手を当て暖をとったりしていた。
近くにあったラーメン屋に行くのが日課だった。
いつも色黒のランニングで鍋を振る強面のおじさんとアロエを一日一回食べる優しいおばさん。
そして、そこに暮らすショートカットの高校生のお姉さんが好きだった。
毎日顔をだしてはお姉さんの部屋へ行き音楽番組を観ていた。

「中森明菜とサザンオールスターズは聴いておきなよ」

と言われ、一生懸命覚えた。
他にもお姉さんに相手にされず癇癪を起こしてキン肉マン消しゴムを店内に投げつける等の事もしたが、おじさんに叱られ、おばさんに優しく諭される。
このラーメン屋に来れなくなるのが心底嫌だった。
泣きに泣いて「ごめんなさい」と謝ったのを覚えている。

ラーメン屋に居ない時は区役所前の公園に行ったり、西武デパートに行ったりしていた。
公園では近所の子ども達が楽しそうに遊んでるのをみて、何かのきっかけで声をかけてくれたにもかかわらず、どうしよいのかわからなかったのかその子の指に噛み付いてしまった。
爪が割れ血が出た指をただ黙って見ていた。
相手の子の親に何か言われても、それは耳には入ってきていなかった。

西武デパートではいつも何かを盗んでいた。
欲しいおもちゃがあると、勝手に持って行っていた。
そして親に問いただされ「貰った」等の嘘がバレて叱られるのだ。

そんな西武デパートの受付で私は将来に繋がる一つの体験をする。
高校生のお姉さんに教わったサザンオールスターズの曲を受付のお姉さんに歌えると伝えた。
すると受付大の上に座らされ「歌ってごらん」と促されたのだ。
子どもというのは凄いと思うのだが、人通りが激しいデパートで一曲歌いのけたのだ。
これが歌手を目指す一つのきっかけになったのではないかと思っている。

高校生のお姉さんを一度親が居ない家へ招待した事がある。
汚い部屋だったので掃除をして帰ってくれたのだが、帰ってきた親に「知らない人を入れないで」と叱られた。
子どもながらに不満だったと思う。

同じマンションに住むお姉さんにもお世話になった。
ゴミ捨て場でゴミを捨ててる人が自分の母だと思い。
「お母さん」と三度叫んだのだ。
が、振り向かない。
最後にもう一度叫んだ瞬間に振り向いたが、母ではなかった。
とっさに上を向いて、上に居る母に呼びかけてるふりをした。
しかしお姉さんは気づいてたのか、優しく声をかけてくれた。
それから度々最上階に住んでいるお姉さんの家にも遊びに行くようになった。
ドライフルーツの杏が好きで良く一緒に食べていた。
彼氏と3人で過ごす事もあった。
ある日、私が麻疹で40℃の熱を出した時。
母は仕事で居なく、昼に一人寂しくなってしまい、フラフラになりながらお姉さんの部屋に向かった。
しかし途中で気を失ったのか、その先は覚えていない。

他にも喫茶店にある氷のような砂糖を勝手に食べたり、公園で竹とんぼを作ってくれる変なおじさんと仲良くなったり、親に中華料理に連れて行ってもらったりと色々思い出がある。

また曖昧な記憶だが、母の性行為を見た事がある。その時、母は酒臭い口で私にキスをした。嫌な思い出の一つである。
そしてもう一つ。
夢のような出来事があった。
しかし、これは曖昧すぎるので親に確認を取って、事実であれば書きたいと思う。

ほどなくして池袋から中落合へ引っ越す事になる。

続く・・・
渡井隆行の生い立ち | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
The News 放映後
先日、TBSの総力報道THE NEWSにて子ども虐待の特集が放映された。
その中で少しだけですが、私と妻も出演。
少しだけ感想を書きたいと思う。

虐待で無くなってしまった子どもはいったい何の為に産まれてきたのかを考えさせられた。
仮にあの時亡くならず生き続けていたとしても、この両親の下で幸せになれたのだろうか。
弱者である子どもを長い間平気で殴れる大人が更正出来るとは思えない。
児童養護施設に入り生きながらえたとしても、一生あの親に振り回されて生きる事になるのではないだろうか。
そう思うと、辛くて痛くて苦しいこの世とお別れ出来た事は逆に幸せだったのかもしれない。
そんな事をふと考える。

そんな苦しい世界から一生懸命抜け出そうとする男の子。
傷が唯一の現実であり、生を感じる瞬間なのだろうか。
そんな彼の心には生々しい傷跡の倍以上の傷が刻まれているのかもしれない。
しかし彼なりに前向きに生きようとする姿は多くの子ども達の励みになるだろう。

和気あいあいとした日向ぼっこサロンの食卓は実に賑やかで楽しそうだった。
しかしあの中には本来頼れる親の存在がなかったりする。
そんな人達の親代わりとは言わないが、少しでも頼れたり、心の休まる場所でありたいと願う。
この日向ぼっこサロンの事を「当事者の傷のなめ合う場所」と言う方もいらっしゃるようだが、なんと表面的な事しか見えない方だろうと思う。
傷をほったらかしておく人等居るのだろうか?
家に薬がないのなら買いにいくなり貰いに行くなりしなければいけない。
これは誰もがする事だ。
かすり傷程度なら傷が癒えるのを待つ人も居るだろうけれど、そんな次元の傷じゃない方もいる。
一人で頑張った所で治せるともかぎらないし、悪化してしまう事もあるかもしれない。
それでも痛みを知る者同士でその痛みを分ち合い、支え合う場所だ。
ただ日向ぼっこサロンは来る事は自由で、結局は本人の意志がとても重要となってくる。

最後に紹介された私だが、普段の生活はあんな感じだ。
料理だって作るし、洗濯だってするし、掃除も好きではないがする。
やはり妻が体内で子育てをしているのなら、それをフォローするのが父としての仕事じゃないかと思う。
と言うか、それが私なりの父親像だ。
親の愛情を受けずに育ってきた私でも考え方によっては前向きに子育て出来るのだ。
負の連鎖等ないという事を証明してみせる。

もし仮に私が親としての役割が果たせず、子どもに被害が及ぶのであれば児童相談所や家庭支援センターに相談するだろう。 今は短い期間預けるショートステイなどもあるのだし。
とにかく頼れるものはなんでも頼ろうと思う。

第一に防がなくてはいけない事は、親が子を虐待する事なのだから。
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テレビ放送の告知
2月2日(火)
18:40〜19:50
TBS「総力報道!THE NEWS」にて日向ぼっこの事が放映されます。

ご興味がございましたら、ご覧下さい。
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無くならない
小1男児暴行死、全身にヤケドや傷の跡

1月26日5時51分配信 読売新聞

東京都江戸川区のアパートで長男に暴行を加えたとして、電気工岡本健二(31)、妻の無職千草(22)の両容疑者が傷害容疑で逮捕された事件で、搬送先の病院で死亡した同区立松本小1年岡本海渡君(7)の全身にやけどなどの古い傷が残っていたことが警視庁小岩署の調べでわかった。

また、昨秋に海渡君を診察した歯科医が虐待をうかがわせる傷を見つけ、同区子ども家庭支援センターに通報していたことも判明。同署は岡本容疑者らの暴行が海渡君の死亡につながったとみて、26日、両容疑者を傷害致死容疑で送検す。

同署幹部によると、司法解剖の結果、死因は不詳だったが、海渡君の全身に以前受けたとみられる打撲ややけどの傷跡があり、同署は今後、病理検査などで詳しい死因を調べる。 

一方、同センターによると、昨年9月、同区内の歯科医から「海渡君の顔や両足などにあざがある」と通報があった。 歯科医は、「『パパにぶたれた。ママは見ていて何も言わなかった』と話した」などと説明し、同センターは、この内容をただちに松本小に伝えたという。 


いつになったら無くなるのかな。 
虐待。
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SBI子ども希望財団研修会後 懇親会
辛いのなら泣けばいい。
苦しいなら喚けばいい。
我慢も無理もしなくていいから。
君の叫びは届いているから。

1/24(日)
VOXRAYを支援して下さっている財団法人SBI子ども希望財団主催で児童福祉施設職員研修会が行われた。
この研修会は児童養護施設等に勤務するケアワーカーを対象に、虐待を受けた子どもへ治療的養育に必要な知識及び技術の習得をめざしたオン・ザ・ジョブ・トレーニングを提供し、専門性の向上を図ることを目的とされている。
それと同時に職員同士の交流を深め、情報の共有を図る為に懇親会等が設けられている。

私達はその懇親会に出演させて頂いた。
Amazing Grace
皆様が知っているであろう曲でご挨拶。
そして児童養護施設に出演する際に必ずと言っていい程歌うハッピーの法則。
後奏で子どもと一緒に歌う場面があるのだが、職員の皆様にも子ども達に負けないぐらい声を出して頂いた。
最後の曲を歌う前に当事者として、私から少しだけお話をさせて頂いた。
児童養護施設に入所出来なかったら、私はきっと生きていないだろう。
子どもの頃にはわからなかった職員の愛情がこの歳になってやっとわかってきた。
この活動を始めたきっかけとしては、施設に恩返しのつもりだった。
と淡々と話していたつもりだが、次第に目から涙が溢れてきた。
最後にお届けした曲は新しく作った歌でエールを込めた「ひだまりの詩」を披露した。

ライブ後は食事をとりながら職員同士の交流が始まった。
数名の方達から「是非うちの施設に!」と言う声も頂いた。
他にも「お子様は産まれましたか?」や「奥様はお元気ですか?」など日向ぼっこに興味を持って下さってる方も居た。

帰り際に一人方から「もっと言いたい事言っていいのよ」と言われた。
「もう、そう言う気持ちはないですから。
充実した毎日を送れてるからか恨みや憎しみがなくなっちゃいました」と伝えた。
その方は「子ども達がこういう気持ちを持って退所できるように頑張らなきゃ」と言っていた。
職員の皆さんが一回り大きく見えた。
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